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現場医師の挫折感が起爆剤となって生まれた「幸手モデル」―中野智紀氏(東埼玉総合病院)

2017年7月29日

人口10万人当たりの医師数が最も少ない埼玉県。中でも県北東部に位置する利根医療圏は、医療資源の不足が深刻な課題となっています。この利根医療圏に属する幸手市の東埼玉総合病院に2012年、在宅医療連携拠点事業推進室「菜のはな」を開設した中野智紀氏は、「幸手モデル」を提唱。全国から注目される地域包括ケアシステムを地域住民とつくりあげました。中野氏が「幸手モデル」で目指すこととは―。

目を付けたのは「地域のゆるいつながり」

―地域包括ケアシステムの先進事例として取り上げられることも多い「幸手モデル」ですが、まずはその特徴について教えていただけますか。

「幸手モデル」で大切にしているのは、住民が自発的に行っている地域活動です。
市民オペラやマルシェ、サロン、寺子屋など目的や形式はさまざまですが、参加者が主体的に行っているまちづくり活動に積極的に医療者が入っていき、支援しながら地域包括ケアシステムを実現させようと動いているのが大きな特徴だと思います。文字通り「医療や介護が住民に巻き込まれる」という視点です。

―”地域の活動を積極的に支援する”とは、具体的にどういうことなのでしょうか。

たとえば、地域活動の場にコミュニティナースと呼ばれる看護師たちを派遣して「暮らしの保健室」という出張講座を開かせてもらい、医療や健康、生活にまつわる講話をしたり、住民の相談に乗ったりしています。

たとえば最近では、お総菜屋さんで「暮らしの保健室」を開き、脳卒中の話をしたところ、参加者の一人から「自分のお店のお客さんに脳卒中の疑いの人がいる」と連絡が来ました。わたしたちとそのお客さんで直接やり取りしたところ、脳卒中と判明し、入院治療につながったのです。

―医療者が地域に入り込んでつながりを作り、健康増進につなげているのですね。

はい。特定の目的や価値観を共有することや、共感に基づいた「地域のゆるいつながり」がこれからの時代の新たなセーフティネットになり得る、というのが根本にある考えです。
わたしが開設に携わった在宅医療連携拠点「菜のはな」では、地域活動・まちづくりの中心人物を “コミュニティデザイナー”と位置付け、彼らと積極的につながりを持つようにしています。コミュニティデザイナーが地域活動をしていく中で解決できなかったことを共有しながら、解決策を共に考える機会として「みんなのカンファ」という場も設けており、地域活動をさらに前進させてもらえたらと思っていますし、われわれも彼らから地域の実情を教えてもらえる、良い機会となっています。

―単に医療者が地域活動に参加するというだけでなく、医療者がコミュニティデザイナーとともに街づくりを進めていく、というようなイメージですね。

そうですね。このほか、町内会など昔ながらの地縁型コミュニティとは、「健康と暮らしささえあい協議会」を実施して連携をとっていますし、誰でも参加できる「ケアカフェさって」で話し合われたことは、自治体にあげられ、審議会を通ると街の制度になります。これにより、「地域丸ごと電話相談」が実現しました。「ケアカフェさって」には、市の子育て支援課や社会福祉課、政策調整課、社会教育課も参加しており、すぐに連携・協働できるので、ワンストップで相談を受けることが可能となっています。

新築移転で感じた、致命的な危機感

―「幸手モデル」の構築に至った経緯を教えてください。

わたしの中で一番の契機となったのは、2012年5月。わたしが勤務する東埼玉総合病院が杉戸町から幸手市に移転したときのことでした。

東埼玉総合病院は約40年にわたって、杉戸町の急性期医療に貢献してきた病院です。一職員として、わたしにもその自負は強く、「この病院が移転することを知ったら杉戸町の患者さんたちはどう受け止めるだろう」と少し不安な気持ちを抱いていました。ただ、いざ移転を知った住民たちからは反対運動も起こらず、「東埼玉総合病院は遠くなってしまうけど、ほかの病院に行けばいいよね」という程度の認識であることが明らかになったのです。このギャップには、大きな危機感を覚えました。同時に、「地域で本当に必要とされる医療とは何だろう」と、自問する機会が増えていきました。

―そうした、ある種の挫折感から、徹底的に地域の中に入っていく“幸手モデル”が生まれた。

改めて地域に目を向けると、まちづくりや、生きがいづくりなど、さまざまな思いを持った住民が活動し、コミュニティを形成していることに気づいたんです。自治会や町内会といった地縁に基づくコミュニティよりはゆるいつながりかもしれませんが、このようなコミュニティは地域にたくさんあるので、多層的なセーフティネットを構築することができる。そこからも排除されてしまう人がいたら、地域包括支援センターなど専門職が直接支援に入るような仕組みをつくっていきたいと考えました。
地域包括ケアシステムを実践するにあたり、医療・介護の担い手だけでなく、地域のコミュニティともつながりを持つことが、一つの解決策になるのではと思ったのです。

「幸手モデル」を文化レベルに

―住民主体の地域包括ケアシステムの中における、中野先生の役割とは。

専門的に言うと「間接的援助」です。地域住民の活動を通じたつながりや場づくり、それらを支援して育むこと、より質の高いケアの仕組みをつくっていくことがわたしの役割だと考えています。

地域包括ケアシステムがあることを住民のみなさんにただ伝えるだけではなく、住民一人ひとりがしっかり使えるように届けて、その結果、使い勝手が悪かったら改変も必要です。制度に個人を合わせてもらうのではなく、制度が個人に合わせる。そういうことができる組織になっているのが、「幸手モデル」なのです。

わたしは、この幸手モデルを文化レベルにまで高めていきたいと考えています。新しいコミュニティでセーフティネットを張り直す作業なので、ものすごく時間がかかりますし、2025年までに間に合わせるのも難しいでしょう。しかし、質の高いケアを提供し、地域住民の方々にとって暮らしやすい街にするためにも、これからも地道に取り組んでいきたいと思います。

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