かつて、住民の医療への関心度が非常に低かった福井県高浜町。現在は「たかはま地域医療サポーターの会」という住民主体の団体が精力的に活動していたり、地域の人々が集う健康カフェで出た意見が行政協力のもと、すぐに実現したりしています。そんな数々の活動の火付け役となったのが、「いか☆やん」の愛称で親しまれている井階友貴氏。地域づくりを成功に導いているカギとは?
健康カフェから広がる、地域交流
-現在、最も力を入れているのはどのような取り組みでしょうか。
「けっこう健康!高浜☆わいわいカフェ」という、地域住民から行政担当者、専門家まで、町のさまざまなメンバーが、地域の社会的課題を話し考える場づくりです。テーマは「健康」に関係したものですが、スポーツや独居、認知症なども扱うようにしています。わたしがこの場で一番こだわっているのは、カフェでの議論に実効性を持たせることです。
現在各地で同じような取り組みがあると思いますが、それぞれが不満や困り事を話しただけで終わらないように、出た意見を関連団体や行政の担当者にきちんと伝え、無理のない範囲で実行に移してもらうようにしています。そのため町長・副町長など、行政を担う方々には、高浜町の健康づくりの正式な話し合いの場として認識していただいています。
2015年11月から始めてまだ半年しか経っていませんが、意見が実現した例もあります。
たとえば、「病院のリハビリ室を開放してコミュニティスペースを作れないか」という意見については、病院が町の介護予防事業の委託を受けられないか検討を進めているところです。家で使われていない健康器具を持ち寄り、そこでの活用法を検討されています。教育委員会にも協力していただき、小学校で特別授業として行うことで、世代間交流が生まれるように準備を進めています。
堅苦しい会議ではなく、カフェでおしゃべりをするような感覚でゆるく集まりつつ、パワフルに実現させるということで、「ゆるパワ」と呼んでいます。
-この活動を始めようと思ったきっかけを教えてください。
わたしは滋賀医科大学医学部を卒業後、兵庫県立柏原病院を経て2008年に高浜町国民健康保険和田診療所に赴任しました。実際赴任してみると診療所の場所すら知らない住民もおり、町の医療に対して無関心な方が多い印象を受けました。この地に暮らしながら隣町の大きい病院を受診する方が多く、町の診療所は移動手段がない住民が仕方なく受診するという状況に違和感を覚えたのがきっかけです。住民主体の医療づくりの必要性を感じて声掛けを行ったところ、「たかはま地域医療サポーターの会」という団体が発足。順調に活動範囲を広げていき、住民全体の意識が大きく変わっていったのです。
その一方で、高齢化や人口減少で地域の存続も危ぶまれる昨今、地域包括ケアなど医療改善だけに取り組んでいても限界があるということを3年程前から痛感するようになりました。「たかはま地域医療サポーターの会」だけではカバーしきれない、医療の枠を超えて地域全体のことを考える場がなければ、という思いからカフェの実現に至りました。
心がけている4つのこと
―高浜町に赴任して9年目。これまで一番苦労したことはどのようなことでしょうか。
幸いなことに、あまり苦労を感じたことがないんです。ただ、物事を進めるうえで4つ意識していることがあり、それは徹底して行っています。
1つ目は、診療所でじっとせず、自ら出向いてお願いしていくこと。できるだけ多くの団体さんや住民の方と関係をつくることがわたしの仕事だと思っているので、外部からの連携者という立場ではなく、あくまで高浜町「内」のメンバーという認識でいます。
2つ目は、「医師らしくなさ」。医師という時点で、どうしても壁を作られてしまう傾向があるので、自らそれを打ち破るようにしています。たとえば、腰は低く自分から頭を下げてお願いする、講演などで高浜町のゆるキャラを活用して親近感を持ってもらう、お互いに人となりが分かった方はあだ名で呼び合うなどです。
一方で慣れ合いになるのではなく、コミュニティの中で自分の役割をしっかり示して、やるべきことに全力で取り組むことも強く意識しています。これが3つ目です。わたしは医師ですから、どんなに対外的な仕事が増えて忙しくなっても、診療に割くエネルギーは変えないように気を付けています。
4つ目は、どんな方とでも認め合うこと。行政と対立してしまう医療者の話も多く聞きますが、常に感謝の気持ちを持って接するようにしています。
地域づくりの成果を、教育の場で活かす
-今後、高浜町でどのようなことを行っていきたいですか。
現在、地域主体での活動がうまく動いています。カフェで出た意見を実行して、それぞれの活動がどのくらい、どのような成果を出したのかということをきっちり測定して示したいですね。これまで「サポーターの会の活動でどういう利益があったのか?」と尋ねられても明確に答えられず悔しい思いをしました。対外的、そして対内的にも成果を示すことが、地域のみなさんのモチベーションアップにつながると考えています。
また、高浜町全体を「健康的なまちづくり」の教育の場にしたいと思っています。多職種連携教育(IPE:interprofessional education)という医療分野における多職種の相互理解を深める教育法を応用して、今年度から、地域づくりに関連する職業の相互理解を深められる通年セミナーを始める予定です。具体的には、環境工学部や教育学部、そして医学部がそろう福井大学の先生方に協力していただき、学部横断的に学生さんや若手の専門職、行政関係者を集めて、座学や、高浜町で行われている地域づくりの活動に参加してもらう予定です。
去年の今頃は、自分がこんなことをしているとは想像もできませんでした。わたしの役割は、地域住民が動くきっかけづくりをして、スムーズに動けるようにコーディネートしていくこと。その軸を変えず、4つの心がけを忘れず、このまま高浜町の「中の人」として活動して行きたいと思っています。
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