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「最適解」が漫画家への近道―医師と2足のわらじvol.5(後編)

2018年12月26日


内視鏡のエキスパートとして複数の医療機関で働きながら、特技の漫画を駆使して一般の方に正しい医療情報をわかりやすく伝えている近藤慎太郎先生。後編では、漫画家としてデビューしたきっかけ、医師と漫画家という2足のわらじを履くことに対する思いなどについて伺いました。(前編はこちら)(取材日:2018年11月8日)

大病院で働いても「安定」はない

-創作活動のために勤務医からフリーランスとして働くことを選ばれましたが、フリーランスになるにあたり、不安はなかったのでしょうか。

怖さや葛藤もありましたが、いざなってしまうと何てことありませんでした。もともとわたしが専門とする内視鏡は、一人で完結できる世界。今は需要に応じた供給がないので、仕事には困りません。妻も特に反対しませんでしたし、収入も勤務医時代とほとんど変わりませんでした。フリーランスは不安定な側面もありますが、個人的には大きな病院に勤めることに安定感があるとも思えないんです。今の時代は、定年後の人生が長いでしょう。部長になったからといって定年後の保証はないし、管理職になると対外的な仕事や事務的な作業も増えて、医師としてのスキルを伸ばす時間が減っていく。そうなると、いくらスペシャリストだといっても、内視鏡の技術をキープし続けることは難しい。これまで以上の知識やスキルを身に着け、自分がカバーする領域を増やして、医師としての価値を高め続けないといけない、と前から強く思っていたんです。

現在は、フリーランスの医師として週4.5日働いています。都内にある日本赤十字医療センターで1.5日、千葉県鴨川市にある亀田総合病院で1日、東京都港区にあるクリントエグゼクリニックで1日、あとは産業医を数社やっているので、平日はそれでほぼ埋まります。夜と週末は、漫画と文章の執筆に専念しています。今年12月には小さいながらも自分のクリニックも開業しましたし、2019年から「壮快」(マキノ出版)という雑誌で連載も始まります。フリーランスとはいえ、今はすごく忙しいんですよ(笑)。

-プライベートの時間が取りにくそうですね……。

今のところ、何とか確保できています。わたしには8歳と6歳の息子がいるのですが、家族との時間を仕事で犠牲にするつもりはありません。医師、漫画家、家庭人。この三つを全て大事にして、バランスよくやっていきたいと思っています。最近、8歳の長男が「医者になりたい」と言い出したんです。父親が楽しそうに働いている、と感じてくれたのかもしれませんね。

この仕事は自分にしかできない


-漫画家としては、2017年に『がんで助かる人、助からない人』(旬報社)を出版してデビューされました。その経緯を教えてください。

以前から、いろいろな企業や大学で講演活動をしていました。ちょうどフリーランスになった直後の講演会に、旬報社の編集者がたまたま聞きに来てくれていて「お話が面白かったので本を出しませんか」と声をかけてもらったのがきっかけですね。最初は文章だけの本を考えていたようですが、話をしているうちに「漫画も描けるのであれば、是非描いてください」ということになったんです。その本を出した後、学生時代の友人が日経BP社の編集者を紹介してくれて、日経ビジネスオンラインで『医療格差は人生格差』という連載を始めることになりました。最初は数回の予定でしたが、それも本(『医者がマンガで教える 日本一まっとうながん検診の受け方、使い方』)になって、今も連載が続いています。

-医師と漫画家、2足のわらじを履く生活はいかがですか。

とても大変ですが、充実感があって楽しいです。本が売れない時代ですし、出版は費用対効果があまり良くないかもしれません。けれども、やっていて楽しいし、伝えたいこともまだまだたくさんあります。本を書くために調べものをすると、自分の知らないこともたくさん出てくるんです。そのための文献を探し、専門家に話を聞きに行く――そうやってインプットすることが、医師としてもプラスになっていると思いますね。フリーランスで内視鏡をやって、小さく開業もして、漫画も描いて……という今のワークスタイルがとても気に入っています。医師と漫画家、どちらの仕事もずっと続けていきたいですし、そうできたら最高ですね。生意気な言い方をすれば、「この仕事」は自分にしかできないという自負があります。

絶対解ではなく、最適解を見つけていく


-全く異なる二つの仕事を両立させるコツは何でしょうか。

限られた時間を有効に使うために、便利な道具を積極的に使っていくことでしょうか。クラウドサービスやタブレットなど、ITで助かることはたくさんあります。例えば、わたしはiPadで漫画を描いているのですが、iPadさえあれば外出先でも作業できるので、時間を有効に使えるんですよ。まとまった時間を確保することも大切ですが、わずかな時間に少しずつ進めることも大切。気が遠くなるようなゴール設定でも、一歩踏み出せば確実に進むわけですから。

-ご自身の経験を踏まえて、2足のわらじを履く働き方を考えている医師に何かアドバイスがあればお願いします。

わたしが一番辛かったのは、頑張って投稿や持ち込みを続けても芽が出なかったときでした。たくさんの時間と労力をかけているのに結果が出ない。これなら仕事をしていたほうが良かったんじゃないか、家族と遊んだほうが良かったんじゃないか、こんなことをしても無駄なんじゃないか、と思うことも少なくありませんでした。次第に自分の力を信じられなくなってきて、そこで止めてしまう人もいると思います。わたし自身、あと2~3年デビューが遅かったら漫画を諦めていたかもしれません。辛く、苦しい期間をどう踏ん張るかです。
それから、理想に固執しないこと。理想を目指して頑張るのは大切なことですが、それが唯一の正解だと思わないことです。わたしの場合、理想は正統派のストーリー漫画家でしたが、今のような医療漫画になっても、プロとして漫画を描けている状況がとても嬉しいんです。現実と理想を照らし合わせながら柔軟に考えて、少しずつ理想の形を調整しながら、達成可能な道に進めばいい。夢をかなえるには、絶対解じゃなくて最適解を見つけていくことが大切だと思います。

近藤 慎太郎
内視鏡専門医 / 漫画家

1972年、東京都生まれ。北海道大学医学部、東京大学医学部医学系大学院卒業。山王メディカルセンター内視鏡室長、クリントエグゼクリニック院長などを経て、2016年からフリーランスに。年間2000件以上の内視鏡検査・治療を手がける。著書に『がんで助かる人、助からない人』(旬報社)、『医者がマンガで教える 日本一まっとうながん検診の受け方、使い方』(日経BP社)がある。

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