精神科医とピアニストという2つの顔をもつ神田周輔氏。一度は音楽の道を諦めた同氏が、医師とピアニストの2足のわらじを履くようになった背景には、医学生時代のある出来事が影響しているそうです。兼業だからこそ注意していることや、医療と音楽の相互作用についても聞きました。(取材日:2018年11月17日)(前編はこちら)
医学部でピアノを再開し、オーケストラを設立
──秋田大学の医学部に入学し医師への道を歩み始めたわけですが、ピアノを再開されたきっかけはなんだったのでしょうか。
医学部に入って2年目くらいのとき、全学のピアノサークルの発表会に参加しました。その時、自分が思ったような演奏をしていないと強く感じたんです。加えて、サークルの先輩に、音楽をすごく愛し、真面目に向き合っている人がいて。
テクニックやメカニック的には自分の方が弾けるけど、その先輩はなんだかとても魅力的な演奏をしていたんです。「ああいう気持ちでピアノに接しなければ」と、単なるたしなみのような感じで音楽に向き合っている自分に強烈な違和感を覚えました。医者はともかく、ピアノはちゃんとやろうと思いましたね。変な話ですが。
ピアノを再開しだんだん勘が戻ってきた頃に、医学部の室内合奏団でバイオリンを弾いていた学生と知り合い、ピアノ協奏曲を弾いてみたいという話で意気投合しました。室内合奏団や秋田市内の音楽関係者に協力を仰ぎ、最終的に80~90人くらいの奏者を集めて、2007年にラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を演奏したんです。TVの取材も受けたので、お客さんは500人以上集まりました。
そこから「なまはげオーケストラ」という市民オーケストラを立ち上げ、演奏会を継続していくことになります。卒業までは僕が団長を務め、年1回の演奏会でピアノ協奏曲を弾いていました。
──大学生が大勢の人をまとめて、動かしていくのは大変だったと思います。モチベーションはどこにあったのでしょうか。
当初は、「自分が協奏曲を弾きたい!」というのが一番のモチベーションでした。今考えると若さ故の完全なエゴですが、大勢でアンサンブルをしたり、県外からの参加者と地元の奏者の交流が生まれたりとつながっていくことが、徐々に楽しくなっていきました。
また、地域に根ざした活動を大切にする一方で、音楽業界の第一線で活躍するような演奏家の方を秋田にお呼びしてそこから学ぶことが、自分にも地元の方々にも非常に重要だと思いました。東京フィルハーモニー交響楽団首席奏者の藤村政芳先生(写真)になまはげオーケストラの指導をしていただいたことも。新しい知見に溢れていたし、それを皆でシェアでき、人の輪が広がっていく風通しの良さがありました。非常に刺激的な環境でしたね。活動にのめりこむと共に、「ピアノを一生弾いていきたい」と思うようになったんです。

ピアニストに治療してもらいたい人はいない
──最初から、精神科を志望されていたのでしょうか。
医学部に入った当時は「医者=外科」というイメージがありました。でも、ピアノも諦めたくないとなると、拘束時間が読めない科は難しい。精神科は、人の内面に迫っていく科目だと認識していたので、音楽と相互にいい影響があるかもしれない、という不確かな期待をもっていました。先輩の誘いもあって、研修医2年目のときに精神科に進もうと決めたんです。
仕方のないことですが、研修医時代はほとんどピアノに触れませんでした。3年目くらいからようやく練習時間を確保できるようになって、自主企画で室内楽の演奏会を始めました。ここ1~2年で、ようやくソロにも目を向けられる余裕が出てきたかなというところです。
──二足のわらじを履く上で気をつけていることは?
医師兼ピアニストと言うと、ピアノは付加価値のように受けとめられます。皆さんがそこを評価してくださることは、もちろん嬉しいです。でも、逆にピアニストに精神科の治療をしてほしい患者さんがいるかと考えると、たぶんいない。ピアニストにとって、医師という仕事は付加価値にはなりえないということです。プロを名乗る以上、ピアノを専業としている人と同等のクオリティを追及すべきだし、「ピアノも弾ける医師」という立ち位置に甘んじてはいけないと思っています。そこは一番気をつけているところです。
もうひとつは、「タダで弾いてください」「タダで曲を書いてください」「ドクターだからギャラは要りませんよね」といった依頼に、どう向き合うか。医者に「タダで手術して」と言う人はいませんよね。提供するものは違えど、高度な内容が求められるのはどちらの仕事でも同じことです。音楽も医療も、良質なものを提供するにはお金がかかるものです。自分がそうした依頼を受容することで、めぐりめぐって音楽を専業とする人に迷惑をかけるんじゃないか、という点は常に注意しています。
医療と音楽の共通点
──医師とピアニスト、2つの職業が相互的に影響をもたらすこともあるのでしょうか。
片方のことをやっているときに、もう片方が頭をよぎる時はあります。たとえば、ピアノを弾いていて「あぁ、学会での発表のスライドがまだ……」と思ったり、入院患者さんが気になったり。同様に、病院にいるときに演奏会が近ければ「あぁ、曲の完成度が……」と思うこともあります。しかし、これは非常にミクロな視点です。
もう少し視野を広げてみると、人をどう理解するか、どう表現するか、人に対して他者がどう介入するか、というテーマ自体は、音楽も医学も同じ。アプローチが異なるだけです。切り口を2つ持っている自分は幸せだと思っています。なぜなら、それぞれの分野を客観視できるから。つまり、偏りがちな考え方に対して自分でブレーキをかけられたり、逆にアクセルを踏めたりするということです。多様性や、客観視を忘れないというのは“2足のわらじ”の最大のメリットかもしれませんね。
──最後に、今後の展望について聞かせてください。
精神科医として、これまでは統合失調症や気分障害に多く接してきました。今後は老年期の疾患についてもより学んでいきたいと思っています。ピアノに関しては、もう少しソロの演奏活動を増やしたいですね。両方とも、きちんとしたものを淡々とアウトプットしていきたいです。
私にとって、派手であることや目立つことは二の次ですし、どちらかと言えば苦手です。もちろん、有名になれば次の活動の可能性を開くこともあります。しかし、私にとってこうした働き方を選んだ目的は、自分の中で人生の“答え”を見出すことです。人生観の核を作る作業とも言えるかもしれません。それが何なのかを人には言いませんが、死ぬ間際に「私の人生ではこういうことが起きて、こういうことが楽しくて、こういうことが分かったな」と思えたら良い。そのために2足のわらじを履いて活動しています。 (前編はこちら)
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