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コラム

大学医局を出てからの気付き、そして自身の変化―わたしの医局論(4)

2018年6月28日

小鷹昌明(おだか・まさあき)
大学医局を退き、次の勤務として選んだ場所は福島県南相馬市にある市立病院でした。福島第一原発から23 kmの地点に存在する被災地病院です。赴任して間もなく“あること”に気付き、そこからは医師の枠を超えた活動に取り組むようになりました。今回は、大学病院と市中病院の違い、社会活動について触れていきたいと思います。

典型的な大学人から“社科医”へ

わたしが南相馬市立総合病院に赴任したときには震災から1年が経過していましたが、相変わらず深刻な医師不足に陥っており、患者も多くのメンタルストレスを抱えていました。即戦力としてできることは、当たり前ですが診療ということになります。しかし、病院の診察室であぐらをかいているだけでは、この街の問題は解決しないということを早々に悟りました。病院にすら通えない人がたくさんいたのです。それらのニーズに応えるために、在宅診療や応急仮設住宅に出向いての健康チェック、インフルエンザワクチン接種のボランティアを始めました。有志者を募っての住民目線での医療です。
やがて、危惧していたことが発生しました。仮設住宅での孤独自殺です。それは仕事や家族を失い、慢性疾患を抱え、アルコールなどに依存した中高年男性に多い傾向がありました。孤立した男性をなんとかしなければならないという気運が芽生え、それからのわたしの活動は医療の枠を超えたものとなりました。男の木工教室、男の料理教室、エッセイ(を書く効用)講座の主催、臨時災害放送局のラジオパーソナリティー、ランニングチームの結成、認知症とパーキンソン病の患者会の支援、メンタルヘルス活動や地域の応援に関するイベントなどを積極的に企画するようになったのです。

よく「小鷹先生は、そのような社会活動を以前の職場でもされていたのですか?」という質問を受けるのですが、答えは「ノー」です。前稿でも述べたように、わたしは根っからの大学人で、外での社会活動はおろか、チャリティーへの参加や募金すらもしたことがありませんでした。
そんな人間がなぜ、地域に溶け込めたのか。被災地病院に勤務したという条件を差し引いたとしても、やはり「自分を変えられる能力を有していた」ということに尽きるのではないかと思っています。それは、医局を退局するときに、徹底的に自分は何のために医師を続けてきたのか、これから何をやりたいのか、ということを考え抜いてきたからです。
医師の仕事という枠に収まらずに、「地域でできることは、なんでもやらせてもらいまっせ!」というような感覚が、これからの高齢化社会を支える医師に求められる資質の1つなのではないでしょうか。ですからわたしは、最近、自分の診療科を“社会活動科”、そこで働く己を社会活動医”、縮めて“社科医(しゃかい)”と標榜しようかと考えているくらいです。

大学病院と市中病院の違い

大学病院と市中病院の違いについて、月並みなことを言うなら、世間から求められているニーズが異なります。大学病院はやはり高度先進医療を担う場所であり、三次救急の受け入れや難治例への積極的なアプローチはもちろん、ときには治験を含めて、研究を目的とした症例を集めることも求められます。
一方、市中病院は、もう少し小回りの効いた地域のニーズに寄り添う医療を提供する重要な役割を担っています。臓器専門性の高い高度医療は集約化が進み、そこで必要な治療を受けた患者が回復期病床、あるいは地域に戻ってきてケアを受けるようになってきています。地域の医師の条件として、“何でも診られる”というスキルは決して誤りではありませんが、自分の専門周囲の疾患をそこそこ診られれば、まずはそれでいいと思っています。でもそれは若手医師である必要は全くなく、専門領域においてさまざまな経験を積んだ、それなりに機転の利く医師でも良いのです。高齢患者の全ての病気が診られることよりも、患者個人を“自分らしい暮らし”へと導ける医師の方が大切で、そうした医療者こそ、地域医療を回してゆくとわたしは考えています。

全ての診療科を揃えて救急患者に備えようとするよりも、ここでしか作れない文化価値をもつ医療をどれだけ生み出すかが、被災地――というより地域病院を支えていくための基礎になります。南相馬市立総合病院の目指す方向は、日本の行く末を見据えた地域病院としての先駆的な取り組みです。そのような文化価値を有する医療の創出には、「訴えのはっきりしない高齢患者を正しく理解する」見識力、「健康管理の責任者は、まずは自分であると自覚させられる」指南力、「無理な延命よりは、患者本人の自分らしい生き方を考えられる」想像力、「さまざまな悩みを共有できて、解決の糸口を探れる」共感力、最終的には、その人らしい生き方を適用していける“やり過ぎない医療体制”が必要なのではないでしょうか。

次世代のために

本稿をまとめるにあたり、最後に気がついたことを述べます。ここでの医療は、なにも被災地という特別な場所での診療行為ではありません。ゆっくりと、しかし着実に訪れる日本の地域の将来像です。高齢化率が既に33%を超えたこの街、医療・福祉・介護に関わるマンパワーの不足――。わたしたちは前向きに衰退するために、寂しさと向き合いながら、歯を食いしばってこの課題に取り組まなくてはなりません。それが、次世代の地域を支える医師の務めだと考えます。

小鷹 昌明
おだか まさあき

1967年埼玉県に生まれ、1993年獨協医科大学を卒業。同大学病院神経内科に勤務後18年目に東日本大震災発生。大学を辞すと決め、震災1年後の2012年4月に南相馬市立総合病院に赴任。「被災地医師は何を考え、どうするべきか!」との想いに突き動かされて、神経難病患者の診療の傍ら社会活動を展開している。福島県浜通りの伝統行事『相馬野馬追』に5年間出陣。著書に、『医者になってどうする!』、『原発に一番近い病院』(中外医学社)、『ドクター小鷹、どうして南相馬市に行ったんですか?』(香山リカとの共著)(七ツ森書館)、『被災地で生き方を変えた医者の話』(あさ出版パートナーズ)などがある。

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