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コラム

大学医局で、約18年間走り続けられた理由―わたしの医局論(3)

2018年6月26日

小鷹昌明(おだか・まさあき)
約18年間というそれなりに長い年月を大学組織で過ごしてこられたのは、やり甲斐やモチベーションがあったからこそ。前稿にて、大学病院を辞職するまで経緯を赤裸々に打ち明けてしまった手前、多少の矛盾があるかもしれませんが、わたしの大学病院時代黄金期についての思い出を懐かしく語りたいと思います。

ちょっとミステリアスで、人間味のある診療科

大学病院時代について語る前に、わたしの専門分野について触れたいと思います。わたしが選択した神経内科は、自分にとって非常に向いている診療科でした。どちらかというと地味な科で、よく「治らない」と揶揄されるのですが、裏を返せばあまり暑苦しくなくてもやっていけるということ。こう言っては語弊があるかもしれませんが、「何が何でも命を救わなければならない」というアドレナリン全開で臨まなければ立ち向かえない診療科ではありません。もちろん、髄膜炎や脳炎、脳卒中など、スピード感を持って情熱を傾けなければならない疾患もありますが、神経内科とは、治療学もさることながら診断学にも重きを置く学問。病因学所見や解剖学所見から病態を推理し、診断に至るまでの過程を味わうことが、ときとしてとてもスリリングでした。

その一方で、一人ひとりの患者さんとしっかり向き合うことが求められます。治らない難病患者さんを扱う場合が多いのも事実。だからこそ、しっかりと人間関係を構築し、寄り添い、励まし、ときに叱咤する――。大袈裟に言うならば、ともに人生を歩むような感覚でした。わたしには、ちょっとミステリアスながら、おっとりしていて人間味のある神経内科が合っていたようです。

大学病院 3つの魅力

大学病院の魅力といえば、言わずもがな多様な人材ということに集約されます。若手医師が研さんを積むための人的、物的資源という意味では確かに豊富です。言い方を変えるなら、手本となるような意識の高い医師がたくさんいるということ(その分、反面教師も多いのですが)。技術的な手ほどきのみならず、医師として、社会人として成長するには、多様な考えの大人たちに触れることが大切です。わたしのような偏った見方をする人間にとっては、人格形成において有益に機能したのではないかと思います。かつては自信過剰や自己陶酔、うぬぼれなどといった要素をたくさん持っていたと思いますが、周囲から諭され、注意を受けたことで、いまではすっかり角の取れた人間になりました。

それから、高度な研究施設が併設されていることも外せません。ただ研究に関していうならば、探究心は、協同研究を行う指導者や同僚といった周囲の人柄に左右されます。素人がいきなり大発見、という甘い世界ではないので、徹底的な下積みが必要です。アスリートや職人にも言えることかもしれませんが、良き師やライバルに巡り会い、苦楽をともにすることで、価値のある結果が生まれるのです。パワハラ、セクハラ、アカハラなど、とかく世知辛くなっていますが、尊敬できる指導者と二人三脚で高度な研究生活を営めたことは、わたしにとって、とても貴重なものでした。
医学部の実験を“銅鉄実験”と揶揄されることが、ままあります。「銅でできることを鉄でやってみました」的な実験で、オリジナリティのない研究の比喩表現です。真面目に診療に取り組んでいる医師が研究に割くことのできる時間は、多くはありません。週に1-2日あればいい方です。実験をしているときに受け持ちの患者さんが急変すれば、その実験を放棄しなければならないこともあるでしょう。そんな限定された時間のなかでできる研究には、やはり限界があります。科学的な見地からは、レベルの低い、他人の研究の焼き直し的なものになってしまうのは避けられません。ですが、その抜き加減が大切なのです。ちょっと優れた発見をすれば、医療界という業界においてのみ一目置かれます。これまた語弊があるかもしれませんが、人体を使用した臨床研究を行うことができるのが医師の強み。医学研究は、他の分野の基礎研究者から見れば、羨むほど格段に費用対効果の高い研究なのです。

最後に、いい意味でも悪い意味でも、大学というブランド力です。もちろん優れた診療や研究を発表していくことが前提ですが、そうした努力の結果をメディアが報じてくれます。医学論文という形で自ら公開していきますが、新聞や雑誌、ラジオやテレビといったメディア関係者との関わりが増えます。それは、閉鎖された病院という環境において、唯一他職種との交流の機会となり、若い頃の自分にとってはとても楽しかったのです。医療ドラマの監修を経験させてもらったことがあり、長期間のロケに同行したこともありました。テレビの裏側を垣間見ることができ、それ以来ドラマの見方が変わったことも良い思い出です。

大学病院の価値を活かしきる

以上、大学病院の魅力に関する私見を述べました。わたしが18年間(プラス震災後の1年間)にわたって勤務できたモチベーションは、こうした巨大組織のメリットに気づき、うまく利用できていたからだと思います。なんだかんだ言っても、まだ一人前と言えない若い時期においては、バックの後ろ盾が必要でした。医療技術の提供は、基本的には単独行。どんな形にせよ、残りの人生を独りで歩む覚悟ができるその日まで、大学病院を良い意味で有効利用し、自己研さんを重ねることが大切です。なかにはその気になって、生涯をかけて大学教授を目指していただく人が現れることも、医療界、あるいは社会においては必要です。

小鷹 昌明
おだか まさあき

1967年埼玉県に生まれ、1993年獨協医科大学を卒業。同大学病院神経内科に勤務後18年目に東日本大震災発生。大学を辞すと決め、震災1年後の2012年4月に南相馬市立総合病院に赴任。「被災地医師は何を考え、どうするべきか!」との想いに突き動かされて、神経難病患者の診療の傍ら社会活動を展開している。福島県浜通りの伝統行事『相馬野馬追』に5年間出陣。著書に、『医者になってどうする!』、『原発に一番近い病院』(中外医学社)、『ドクター小鷹、どうして南相馬市に行ったんですか?』(香山リカとの共著)(七ツ森書館)、『被災地で生き方を変えた医者の話』(あさ出版パートナーズ)などがある。

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