これまでに、現在、そして、今後求められていくだろう産業医の姿について、わたしなりの経験と知見を含めてつづってきました。「そんなアプローチもあるのか」と共感いただいた方もいれば、「そこまで手間暇を掛けてするものだろうか」と疑問しか残らなかった方もいるかと思います。わたしがこの連載を通じてお伝えしたかったことは、「対価をいただいてする仕事だからこそ、皆から感謝され、それが自身のさらなるモチベーションにつながればいい」という一言に他なりません。試行錯誤して提示したヒントも多かった半面、ややスパイシーなメッセージも少なくなかったと感じています。おこがましくも、共感いただけた方にはなかなかに示唆に富んだ内容であったのではないかと自負している一方で、疑問しか残らなかった方には、時代の動向が掴めていない危機感を、熱く、冷静に語らせていただきます。
【執筆:尾林誉史(おばやし・たかふみ)】
ティール組織と産業医
「ティール組織」という概念をご存知でしょうか。詳しくは他の有識者の著書や解説に譲りますが、物凄く端折って言いますと、「個(従業員からCEOまで含めたすべての構成員)」の役割に重点を置いた組織概念のことです。大きく3つの要素がポイントになります。
「どのように自社が生き抜いていくのか」という社員統制ではなく、「自社がどんな役割を果たすために存在しているのか」と社員に問い掛けます。「その存在目的に自分は貢献できているだろうか」と、常に社員自らが内省し、奮起し、上書きしていくのです。
2.自主経営(self-management)の奨励
環境変化に対し、誰かの指示を待たず、個が迅速に対応。「アドバイス・プロセス」という絶え間ないフィードバックを通じて、組織にフィットした対応が可能になります。
3.全体性(wholeness)の熟成
個が有する潜在性を出し切り、冷笑や批判を恐れず、「期待された自分」以上のパフォーマンスを自然に出し切ります。先進的な例ですと、オフィスに瞑想やヨガ、マインドフルネスなどに取り組むための空間を開放している企業もあります。
唐突にティール組織論を持ち出しましたが、何か響くものがあった方は、これからの時代の産業医に求められる資質に敏感な方だと思います。「この話、産業医業務と何の関係があるの?」と思われた方は、残念ですが思考制止の状態かもしれません。原点に戻りますが、この寄稿は、50~数百人規模の会社の産業医を務める(務めようと志している)方を、メインターゲットにしています。その規模感の中で、衛生委員会で情報収集をし、職場巡視で現場の空気感を肌に集め、面談で個の息遣いを知る。そんな立場の皆さんが、会社の現状や行く末に思いを馳せない方が、不自然だと思いませんか?立場を明確にしておきますが、わたしはティール組織論の信奉者でも、伝道師でも、カタカナ好きなミーハーでもありません。ただ、ここ5年近くに渡って産業医業務に真摯に向き合う中で、会社を構成する「個」が、その役割や可能性を求められている時代に差し掛かってきていると実感しているのです。
産業医の力で、日本を元気に
話を元に戻しましょう。皆さんは産業医です。得手・不得手は個人差があるにしても、会社の現状や課題を目の当たりにする、他にはない稀有なポジションにいます。どんなに控えめに言っても、会社を構成する「個」を、人事や労務の方々と近しいくらい把握している立ち位置です。個人的な見解かもしれませんが、上意下達の時代は、もはや現代のトレンドではありません。わたしは一貫して、面談業務を大切にしてほしいとお伝えしてきました。人事や労務にはなかなか直言できない、その方が抱える悩みや成長の機会を知る立場にあるのは、他ならぬ皆さんなのです。
最小限のパッケージは、1時間もあれば成立するかもしれません。それで十分という企業もあることは事実です。ただ、せっかくであれば、1.5時間でも2時間でも、関わる企業にもっとコミットしてみませんか?前稿にも書きましたが、わたしは時に、4~5時間かけて企業の内情をしっかりと掘り下げます。それを自己消化し、企業にフィードバックを行い、個からの感謝と新たな気付きに胸を躍らせるのです。皆さんが、「雇われ産業医」という従来の固定概念から離れ、企業に寄り添う姿勢を、ほんのわずかでも有することができれば、その企業はどれだけの助力を得ることができるか想像してみてください。わたしを含め、皆さんの熱量で日本の中小企業を支え、育て、成果を共有することが当たり前の社会になれば、日本はもっと元気になります。患者さんの望ましい転帰を描かない医者はいないはずです。どうか、果敢に、愚直に、産業医業務に取り組んでいただきたいと思います。
m3.com産業医専用コーナーのご案内
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産業医としてのキャリアをご検討中の先生へ
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