産業医のやりがいと難しさ
―新日鐵住金株式会社・君津製鐵所の産業医業務の特徴はなんでしょうか。
当社は歴史が長く、終身雇用の方も多いのが特徴ですね。医師という立場で見ればこれは、同じ集団を長期間にわたって診ることができるという、世界的にもまれな特徴と言えます。社員が若いうちから介入を行えば、将来の健康にさまざまな効果が期待できます。
担当する社員数は4000人程度で、業務内容は、社員と面談(月間40から50人ほど)、健康保持・安全対策についての社内会議、職場巡視、衛生健康教育、健診結果の確認と判定、海外渡航者対応や急患対応などです。敷地は広大で東京ドームが220個も入る面積です。常勤医はわたしと、臨床研修を終えたばかりの医師を、研修として産業医科大学から毎年受け入れています。それと、臨床医との二足のわらじになりますが、週に3日の非常勤産業医を産業医科大学から受け入れています。
―業務の難しさはどんなところにあると思いますか。
産業医に限らず、予防医学全体で言えることだと思いますが、自分の介入が及ぼした効果が、日常業務の中だけでは見えにくいところはあります。産業医がテレビドラマにならないのは、産業医がしっかりとしているほど、何も起きないからでしょうね。30年後に結果が出るような施策もあります。しっかり活動したら、社員が平穏無事に定年を迎えてくれる。それが良いとされる仕事です。
―一方でどんな時に、産業医としてのやりがいを感じますか。
たとえ直接的な効果が見えにくくても、無事に働けたことを、喜んでくれる社員はいます。以前、体調に不安を抱えながらも当社で働き続けて、無事定年を迎えた社員の娘さんが、後に保健師となって、わたしのもとに挨拶にきてくれたことがありました。
その娘さんが保健師になったのは、彼女のお父さんが「産業保健がいかに大切か」を自宅で力説してくださったのがきっかけだったそうです。産業医をやっていて、本当によかったと感じました。わたしが関わった社員が、産業保健の重要性を理解してくれて、次世代を育んでくれた。社員の健康に長期で携わる意味はあるなと思いました。
産業医に求められる能力
―産業医に向いているのはどんな医師だと思いますか。
求められるものがあるとすれば、協調性でしょうか。医療従事者でない人たちとのやり取りが多いので、コミュニケーションがきちんと取れることは大前提ですね。
また、社員を個人としてだけでなく、集団として見る目が必要だと思います。限られたマンパワーで、何をしたら職場全体に対して効果的かというのは、対集団で物事を考えて優先順位をつけていかないと、判断できません。
あとは日々の業務の中で心構えとして、「自分でなければできないことは何か」を考え続けることは非常に重要だと思います。診療は地域の医療機関の医師にお願いすることもできます。企業の中で、社員や職場に多角的なアプローチができる産業医という唯一無二のポジションに、何が求められているのか、という視点です。
産業医の業務は、その企業の業種や文化によって、まるで違います。でも、目指すところは同じで、社員に「ここで働いてよかった」と思ってもらうということ。それは、退職した後に、ふと思ってくれるだけでもいいんです。そして、そのために必要な介入方法に、正解はありません。「介入方法の引き出し」は、業界や年齢構成、疾病構造などによって異なりますから、それを探っていくことが難しさでもあり、面白さでもあると思います。
―宮本先生自身は、社員に適切な介入を行うために何か意識されていることはありますか。
わたしはとにかく職場巡視をします。今は1回3時間の巡視を年間40回くらい行っています。そうすると、現場の雰囲気が分かるようになるので、社員の面談でも、より踏み込んで話を聞くことができる。「あそこで働いているのなら、こういう環境や作業があるんじゃないですか」と話すだけで、「先生、よくそんなことがわかるね」なんて言いながら、社員はもっと深いところまで話してくれるようになります。やがて信頼関係ができてくると、「先生、今度ここを見に来てよ」と、社員自身が問題だと思っていることを教えてくれるようにもなります。
どういう仕掛けや仕組みがあれば、「職場環境を良くしよう」という意識づけを社員自身にできるか。こうした体制づくりが一番気を使うところですね。もちろん、すぐにそんな体制を構築するのは難しいですが、向かうべきベクトルに沿って仕組みができあがれば、あとは放っておいても組織は動きます。
―どのくらいで、そうした仕組みが回り始めたと思いますか。
失敗も繰り返しながら、「こういう風にすれば動かせるな」という引き出しが増えてくるのが10年目くらいではないでしょうか。ちょうど、自分と同い年くらいの人たちが徐々に実権のある管理職になってきたあたりですね。
ただわたしの場合、産業医として働いた最初の10年間は、産業医を育成するための制度もまだまだ発展途上でしたし、産業医の資格要求もはじまったばかりのころです。今は、当時なかった育成プログラムや、先達の智恵が豊富にそろっています。産業医としてのコツがつかめるようになる期間は、これから産業医になる方がずっと短いと思います。
わたしにも、道なき道を歩いてきた雑草魂のようなものはありますが、若い人にはいずれ追い抜かれるなとも思います。でも、ある程度先を歩いてきた者としては、追い抜いてほしいと思うものではないでしょうか。
もちろん、そう簡単には追い抜かれないように歩は進めつつ、先達を追い越した優秀な人材には「お見事」と拍手を送りたい。これは医師であれば、どの領域も同じでしょうね。
- 現場の産業医に実態を聞く【新日鐵住金】Vol.1―産業医キャリアを振り返って
- 現場の産業医に実態を聞く【新日鐵住金】Vol.2―産業医のやりがい、難しさは?【本記事】
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