新型コロナウイルス感染症により、仕事や生活インフラのオンライン化が進み、産業保健業務にも一部影響が及んでいます。今回はコロナ禍の労働環境を整理しながらwithコロナ時代の産業医に求められるスキルやマインドを、中小企業を中心にサポートするOHサポート株式会社代表で産業医の今井鉄平先生に聞きました。(取材日:2020年8月19日)
産業医も相手のニーズに応える時代
――新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の影響で、産業医業務に変化はありましたか。
新型コロナで大きく変わった業務はないと感じます。
ただ、数年前から労働基準監督署のチェックが厳しくなり、名義貸しの“名ばかり産業医”が特に問題視されるようになりました。そのため、企業も産業医の質を重視するようになったと感じていました。
緊急事態宣言前後、多くの企業が産業医訪問を制限する中で「当面来なくていい」と断られるようになった産業医と、「オンラインでもいいから続けてほしい」と依頼を受けた産業医とで、2極化したのではないかと予想しています。前者の産業医は十分に企業の役に立っていないため、別の産業医に変えられてしまうリスクを孕んでいるのかと思います。
――「オンラインでもいいから続けてほしい」と言われるような産業医は、どのような点が評価されているのでしょうか。
企業ニーズに沿った対応ができることではないでしょうか。それはつまり、従業員の話を聞いて、企業の求めに柔軟に答えることです。一見、当たり前のことに見えますが、中には自分の専門性や思いを押し付け、企業から敬遠されてしまう産業医も少なくありません。
なお、企業ニーズには訪問時間や費用も含まれます。正直なところ、特に中小企業においては必ずしも過剰なサービスを求めていません。産業医として2~3時間訪問したくても、企業が1時間でお願いしたいと言えば、時間内でできることを考える姿勢が求められます。産業医が動く分、相手の時間を使うことにもなる点は意識しておいた方がいいでしょう。
――企業と良い関係性を築くため、産業医が心がけたいことは何ですか。
先にも述べた通り、相手のニーズに沿った行動の積み重ねが信頼関係につながります。
私の場合、企業からの相談が来た時は、9割は常識の範疇のこと、1割新たな視点で答えるようにしています。相手も自分なりに調べ、考えてから相談に来ているので、9割の中で認識を合わせた上で1割の新規な意見をもらうと受け入れやすく、「こんなことも提案してくれるんだ」という期待にもつながりやすいと感じています。企業から相談を受けて、何も解決できないと産業医の価値が下がってしまうので、まずは困りごとに寄り添う姿勢が大切だと思います。
なお、初対面からオンラインでやりとりする時は対面よりも信頼関係が築きにくいと思います。なので、ニュースレターを送ったり、会議の日を設けたり、最低でも月1回は何らかのコンタクトを取るようにし、定期的に産業医の価値を伝えることをおすすめします。
産業医こそ正確な情報収集を
――新型コロナ禍の今、産業医に求められる役割を教えてください。
新型コロナについては、不正確な情報を含め、さまざまな情報が流れています。こうした状況下では、産業医が経営者の参謀役として、経営判断に必要かつ正確な情報を渡すことが求められているのではないでしょうか。情報はそのまま渡すのではなく、経営者が事業継続や感染防止について正しく判断できるように整理することがポイントです。
――正確な最新情報を得るには、どのような発信元を参考にするのが良いでしょうか。
厚生労働省による「新しい生活様式」を受け、各省庁が業界・業種別のガイドラインを出しています。産業医向けなら、日本産業衛生学会のガイドラインが最も活用できると思います。そのほか、私も他の産業医と有志グループを作り、東京商工会議所から企業向け新型コロナウイルス対策情報を発信しているので、参考にしていただけたらと思います。
ただし、行政や学会、各種団体は情報をまとめるのに時間がかかるため、どうしてもタイムラグが生じます。情報をまとめている間、新型コロナの状況がガラッと変わる可能性は否定できません。そのため、最新情報は信頼できる公衆衛生や感染症の専門家を見つけて、彼らがインターネットで発信する情報を日々取りに行くことが良いと思います。
――ちなみに産業医同士で情報交換できる場はありますか。
Facebookでは規模の大小問わず、さまざまなオンラインコミュニティがあります。もう少ししっかりした場なら、産業医アドバンスト研修会があります。有料ですが参加資格は問われず、質の高いコンテンツが提供され、意見交換もできるのでおすすめです。
――このような状況下、産業医のスキルアップにはオンラインが活用できそうですね。
はい。企業への訪問が制限されたり、対面での研修がなくなったりして不安かもしれませんが、オンラインは時間と場所を問わずに参加できるので、以前よりも知識やスキルを身に着けやすい環境だと思います。先に述べた学会や研修会、オンラインコミュニティは積極的に活用してほしいですね。
選任義務のある企業は15%に過ぎない
――改めて、withコロナ時代の産業医のやりがいについて教えてください。
先にマイナス面からお伝えすると、産業医は予防中心のため、臨床に比べて感謝される機会があまりありません。とはいえ、継続的に関わる中で体調不良者が出なければ嬉しいですし、企業担当者が困った時に相談に来てもらえると頼られているやりがいを感じます。たとえ企業内で休職者が出てしまっても、復帰してもう一度働けるようになればそれも嬉しい成果です。
あとはこれからの社会的意義が大きい仕事だと思っています。全国に約360万企業がある中、産業医の選任義務がある企業は15%ほどで、残りの85%は50人未満の小規模企業のため産業医の選任義務がありません。そのため、労働環境が整っていない企業はまだたくさんあり、産業医がやるべきこともたくさんあります。私自身、まずは選任義務のある15%のところに確実に産業保健を提供しつつ、小規模企業にもリソースを広げながら、困っている労働者を救っていきたいと思います。
- 産業医は、経営者の参謀役になれ―withコロナ時代の産業医(前編)【本記事】
- コロナ禍で信頼される産業医になるには―withコロナ時代の産業医(後編)
産業医としてのキャリアをご検討中の先生へ
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「産業医の実務経験がない」
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