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犬猫の脳腫瘍は、一度私に診せてほしい―医師と二足のわらじvol.20(後編)

2020年10月12日

医師・獣医師の安部欣博(あべ・よしひろ)先生は、ヒトと動物の脳神経外科医として、両方の臨床を並行して行っています。どちらの臨床も行っているからこそ感じる双方の特徴、相違点や刺激について伺いました。今後のご自身のキャリアについては、ご家族への思いも含めたお話をしてくださいました。(取材日:2020年9月7日)

医師と獣医師の大きな違いは、治療方針の決め方

——獣医師がコミュニケーションをとるのは飼い主さんになりますが、その点で先生が心掛けていることはありますか。

獣医師の場合、患畜の治療をするかしないかは飼い主さんの判断が全てです。医学的に治療が必要な状態であったとしても、飼い主さんが「手術する方がかわいそうだから、もうこのままにしてください」と言ったらそこで終わりです。

ヒトの医療の場合、「この疾患にはこの治療をする」という医学的根拠に基づいた標準治療があります。医師は、この治療方針をまず提示しますし、多くは医学的根拠に基づいたこの治療方針に沿って行われます。まれに家族が断ることもありますが、これは治療拒否に近い感覚ととらえられます。

動物の場合は、飼い主さんの意思が治療方針そのものになりますので、たとえ治療しなかったとしても治療拒否という感覚にはなりません。4歳の若い犬でも、飼い主さんが安楽死に強い意志を示すならば、この方針は変えようがありません。したがって、ヒトで使用されるような共通の標準治療というものが成立しにくい背景があり、これが各動物病院でバラバラの治療方針となっていくのです。そのため、獣医師が行う治療に対する説明の仕方によって、飼い主さんの気持ちは大きく変化します。獣医師の説明責任は重く、飼い主さんが求めるところを探りながら治療方針を決めていかなければなりません。

動物と飼い主さんの精神的なつながりが非常に強く、動物のためというより、飼い主さんのために医療を行うという考え方は、獣医師ならではかもしれません。そこが医師と獣医師の大きな違いだと思います。

1人で決断する訓練は、獣医師の経験から

——先ほど、ヒトよりも犬猫のほうが脳神経疾患の発生率が高いというお話がありましたが、治療による改善度合いなどに差はありますか。

驚くほどの大きな差はありませんが、細かいところにたくさんの差があります。術中に多少運動野に障害を起こしても麻痺が起きにくいこと、猫ではテント上の腫瘍でも大後頭孔ヘルニアが起きやすいこと、ヒトと猫の髄膜腫は剥離しやすいが、犬の髄膜腫は脳実質から剥離しにくいこと、脳室内の操作をするとすぐに脳室炎のような所見になること、術後の脳実質は器質化して固い組織ができていることなどです。ヒトと動物の手術を両方行っている私にとっては、とても興味深い事柄です。他にも多くの細かい違いがありますが、周りの医師や獣医師にこれを嬉々として伝えても反応がとぼしく、結局1人で調べています。

——手術の体制に関してはいかがでしょうか。

ヒトの場合は、まずチームで相談や討論をして治療方針を決定します。したがって、動物の症例でも、少しでも迷ったらすぐに医局員に治療方針を相談します。医療としては、複数の意見を総合して方針を決定した方が、高度になります。治療方針が決定したら、先ほどもお話ししたように、動物の場合は私1人で最初から最後まで手術を行うことがほとんどです。術中の重要な局面では、誰も答えてくれない孤独な中で独り言のように自問自答し、決断しています。

すでにお話したように、飼い主さんは、100万円以上の手術費用を支払って、治療に対して強い思いを持って臨んでいます。私はこの強い思いを感じながら、ヒトと同じように真剣に手術に取り組んで決断しています。

ときどき、ヒトの場合であっても自分1人で決断しなければいけない局面はあるので、その訓練は動物の手術でかなり積めていると思っています。

動物の手術図(一部抜粋)(写真提供:安部先生)

ヒトと動物の医療の差を埋めたい

——ご自身の今後のキャリアは、どのように考えていらっしゃいますか。

動物の脳外科医としては、パフォーマンスを最大限発揮するためには、自分の施設・チームを作るのが理想ではあります。しかし、個人でMRI・CT・オペ室を整備して、たまに来る脳外科の手術をするのは現実的ではありません。なので、これまで通り地道に呼ばれたところで一例一例、丁寧に症例を積み重ねていくしかないと思っています。

最近、高度医療を掲げている動物病院で、MRIで病変が見つかると病理学的検査などで確定診断せずに「たぶん脳腫瘍でしょう」と判断して放射線治療や抗がん剤を投与されている症例をいくつか経験しました。その後、あまり良くならないということで、私のところに来るのですが、そもそも、病気の主体がわかっていないところにすでに治療が施されているので、その症状はさらに複雑化しています。最初に治療方針を決定することはとても重要なことであり、実はその判断が最も難しく、深い専門医の知識が必要なのです。

そういう、飼い主さんが困っている事例を知ると、全国の犬猫の脳腫瘍を一度私に診させてほしいと思ってしまうんです。実は治療方針を判断することが、最も重要で難しく、専門医の知識が必要となってくるからです。現実的には難しいかもしれませんが、私が一度診て、ヒトの医療と同じように判断してから各動物病院で治療を行ってほしいと思ってしまいます。

自分が癌になって思ったこと

——お話を伺っていると、先生はきちんとお休みを確保できているのか心配になってしまうのですが……。

医局にいたときに比べれば、はるかに楽です。医局時代は本当に寝る時間がありませんでしたし、家にも全然帰れませんでしたから。でも、脳外科の仕事はそれくらい厳しい世界だと感じています。今は最前線からは少し距離を置いて、獣医師としても働けている状態なので、それが一番自分には合っています。

実は、今年の3月に直腸癌になってしまいました。粘膜内癌ということで摘出して治療は終わりました。いつも見慣れている病理学検査の「carcinoma」という文字を患者の立場として見たときとてもショックを受け、妻に電話したときは声が震えていました。その次に、癌になったのが妻でもなく、4歳と7歳の子どもでもなく、自分でよかったという思いが心の底から湧き出てきました。

今までこのような思いを抱いたことはなく、今回癌になったのが家族ではなく自分でよかったと思えた時点で、自分の今後の人生は二の次であり、家族が一番となっていたのかとしみじみと感じました。今後の人生は、家族のために、そして、二の次である自分のキャリアのために、今後も精進していこうと思っています。

安部欣博
(あべ よしひろ)
上都賀総合病院 脳神経外科 部長、安部どうぶつ脳神経外科クリニック 院長

1999年酪農学園大学獣医学部獣医学科卒業、2006年獨協医科大学医学部卒業。足利赤十字病院での初期臨床研修修了後、獨協医科大学脳神経外科に入局。2015年から現職。2012年脳神経外科専門医取得、2017年博士号(医学)取得。動物の脳神経外科医として、日本小動物医療センター(埼玉県)、近畿動物医療研修センター附属病院(大阪府)、仙台動物医療センター(宮城県)など、全国の動物病院に招聘されて手術を行っている。家族は獣医師の妻と2人の子どもと猫。

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