1. m3.comトップ
  2. キャリアデザインラボ
  3. キャリア事例
  4. 事例
  5. 研修病院決定の決め手は「そこに山があったから」―医師と2足のわらじvol.19(中編)
事例

研修病院決定の決め手は「そこに山があったから」―医師と2足のわらじvol.19(中編)

2020年5月7日
写真提供:髙村先生

長野県で初期研修医として働いている髙村貴子先生は、国内では敵なしの実力をもつ山岳ランナーでもあります。初出場したレースでいきなり3位に入賞したのが医学部2年生のとき。ときには海外にも転戦する山岳ランナーと医学生をどのように両立してきたのでしょうか。卒試・国試を控えた6年生のときの過酷なエピソードや研修医生活との両立についても伺いました。(取材日:2020年3月23日)

71.5kmを走る山岳レースの1週間後に卒試、国試後は東医体

——6年生の10月に行われたハセツネ(編集注:日本山岳耐久レースの通称)で無事3連覇を果たして卒業試験を終え、そこから国家試験まではレースに出ず、勉強されていたのですか。

いえ、卒試の2日後にスカイランニングの日本選手権があって、それに出ました。卒試の後も月1回くらいのペースではレースに出ていましたね。結果を求めるというよりは、自分のモチベーションのため。レースをご褒美にして、レースで楽しむために勉強していました。

1月になると、さすがに精神的にも追い込まれてきたので、ほぼ走らずに国試を迎えました。国試が終わって一度燃え尽きて、そこから3月の東医体に向けてまた少しずつ走り始めていました。5年生で引退する人もいますが、私は戦力としてカウントされていたので、最後までやりました。

——いま「スカイランニング」という単語が出てきましたが、スカイランニングとトレイルランニングの違いを教えてください。

どちらもレースをする場所は山ですが、スカイランニングの方が急な山を登るイメージです。クライミングに近いところもあり、下りも急になるのでテクニックが必要になってきます。

加えて、スカイランニングの場合は、例えば5km走る中で1,000m登らなければいけない、といった定義があるのに対して、トレイルランニングにはそういう定義はありません。丘を走るだけでもトレイルランニングになります。トレイルランニングの一部にスカイランニングが入っている、というと分かりやすいでしょうか。

個人的には、トレイルランニング・スカイランニングどちらの場合でも、累積標高(縦の移動)が多めなレースが好きです。それと、同じ場所を周回するコースは性に合わないので、1周して終わるようなコースの大会に出るようにしています。

2018年7月にヨーロッパのアンドラで行われたSkyrace Comapedrosa。怪我に気づかずに走っている。(写真提供:髙村先生)

——山や岩場を薄着で走るとなると、怪我は避けられないイメージがありますが……。

怪我は多いです。骨折はまだしていませんが、膝を縫う怪我は何回かしました。去年は、膝の怪我が治るまで時間がかかりました。

レース中は集中しているので、あまり大きな怪我はしません。練習中の方が、気が緩んでいるので怪我をしやすいんです。それに、レース中はアドレナリンが出ているので怪我に気付かず、終わってから気付くことも。血を流したまま走っていることも珍しくないですね。

研修期間中に出たいレースもすべて話してマッチングに臨む

——初期研修先を信州上田医療センターに決めた理由は何だったのでしょうか。

5月に行われている太郎山登山競争というレースに出るために初めて上田に来たんですが、太郎山から病院が見えるくらい近くて——。ここならいつでも山に行けると、それだけで決めました。我ながら単純だと思いますが、山岳ランナーとして山が近くにある環境はマストだなとも考えてはいました。

——マッチングの時、研修中も競技は続けたいという話はされたのですか。

全て話しました。病院見学の段階で、先生方が私のことを知ってくださっていて、そのときに「競技はどうするの?」「このまま続けたいです」という話もしていました。

マッチングのときは翌年出場したいレースの話もして、病院からは「うまく両立してね」と言っていただきました。すごくありがたいと感じましたね。

2018年4月に新潟県で行われた「粟ヶ岳バーティカルキロメーター」で優勝(写真:藤巻翔、写真提供:髙村先生)

——具体的に、どんなスケジュールで働いているのですか。

山岳レースは秋がハイシーズンなので、10月~11月は毎週のようにレースに出ています。土曜に移動して日曜にレース、次の日から仕事……というスケジュールですね。

当直は研修医同士で決めているので、1年目はその月の当直を決める研修医の先生に、土日の当直を全部平日にしてもらうなど、融通を利かせてもらっていました。同期の協力も大きいです。

いまは3月なので、山岳レースとしてはオフシーズンです。ただ、今シーズンから山岳スキーを始めたので、いまはスキーのシーズン。山岳スキーは「冬のトレイルラン」と言われている競技で、スキー道具を持って登山するイメージですね。雪があれば板を履いて登るし、急な斜面や凍っている斜面は板を担いで足で登るし、降りるときも、普通にスキーで降りるだけでなく、スキーで滑れないところは足で降りるなど、自由度が高くてとても楽しいです。もはや、1年中ずっと山に登っていますね(笑)。

髙村 貴子
たかむら たかこ
国立病院機構信州上田医療センター 初期研修医

石川県生まれ、2019年旭川医科大学卒業後現職。山岳ランナーとしては日本山岳会耐久レース(通称:ハセツネ)で旭川医科大学在学中の2016年から女子総合3連覇中。2019スカイランニングワールドシリーズ女子年間ランキング12位(日本人女性最高位)など、世界でもトップクラスの実績をもつ。

今の働き方を変えられないか、とお考えの先生へ

まずは現職でご希望を叶えられないか模索いただくことをお勧めしていますが、もしも転職する以外になさそうであればご連絡ください。

現職では難しくとも、他の医療機関や企業などでなら実現できるケースがあります。

週4日勤務、時短、当直・オンコール免除、複数医師体制、担当業務を抑えるといったことは求人に記載されず、医療機関とのご相談次第なことも少なくありません

エムスリーキャリアにお問い合わせいただければ、先生のご希望をどのように実現できそうかお伝えいたします。

この記事の関連記事

  • 事例

    不公平?2児の女性医師が抱える家庭事情

    最近では当たり前になりつつある、夫婦共働き。千葉大学病院脳神経内科准教授の三澤園子先生は出産のタイミングに悩み、34歳、40歳で2児を出産。今も仕事と家庭の両立方法を探り続けています。後編では出産・育児にまつわるエピソードと、共働き夫婦でキャリアアップするための秘訣を聞きました。

  • 事例

    准教授のママ医が、常勤にこだわる理由

    最近では当たり前になりつつある、夫婦共働き。特に医師は、仕事の頑張り時と出産・育児の時期が重なりがちです。医師23年目の三澤園子先生は、仕事と家庭の両立に悩みながらもフルタイム勤務を続け、現在は千葉大学病院脳神経内科の准教授と2児の母、2つの顔を持ちます。前編では、三澤先生のキャリアについて伺いました。

  • 事例

    院長のラブコール「帰ってこい」Uターン医師の新たな挑戦―光田栄子氏

    お看取りのあり方に課題を感じ、介護士から医師に転身した光田栄子先生。諏訪中央病院を経て、現在、岡山市内のベッドタウンにある有床診療所「かとう内科並木通り診療所」に勤めています。地元にUターンした光田先生がこれから取り組んでいきたいことについて、お話を伺いました。

  • 事例

    「診療科の隙間を埋める」院長の挑戦とは―中山明子氏

    大津ファミリークリニック(滋賀県大津市)院長の中山明子先生。外来、訪問診療をしながら、家庭医として、相談先を見つけにくい思春期の子どもや女性のケアに力を入れています。

  • 事例

    「自分が理想とする糖尿病診療を追い求めて」開業へ

    小児糖尿病の宣告を受けるも、「糖尿病だってなんでもできる」という医師の言葉をお守りに自らも医師を志すことを決意した南昌江内科クリニック(福岡市)の院長、南昌江先生。現在の糖尿病専門科医院を経営するようになった軌跡を伺います。

  • 事例

    犬猫の脳腫瘍は、一度私に診せてほしい

    医師・獣医師の安部欣博(あべ・よしひろ)先生は、ヒトと動物の脳神経外科医として、両方の臨床を並行して行っています。どちらの臨床も行っているからこそ感じる双方の特徴、相違点や刺激について伺いました。

  • 事例

    小児糖尿病にならなければ、医師の私はいない

    福岡市にある糖尿病専門科医院、南昌江内科クリニックの院長・南昌江先生は、ご自身が中学2年生の際に小児糖尿病を宣告された身の上です。病気を発症した前編に続き、今回は医療への水差し案内人となった医師との出逢いや転機となった出来事について伺います。

  • 事例

    医師と獣医師の世界「常識が違う」

    ヒトと動物の脳神経外科医として、オンリーワンのキャリアを構築している安部欣博(あべ・よしひろ)先生。医局時代、脳神経外科専門医を取得後、動物の脳外科手術も並行して行うようになった現在のワークスタイルのお話に加え、医師・獣医師、どちらの世界も知っている先生が抱いている問題意識について伺いました。

  • 事例

    14歳で1型糖尿病「前向きに考えて生きなさい」

    14歳の夏、”小児糖尿病”の宣告を受けた南昌江先生。その数年後、両親や主治医、同じ病気の仲間たちに支えられ医学部受験、医師になるという夢を果たしました。前編では、病の発症、闘病生活について伺います。

  • 事例

    獣医師、動物の脳外科を学ぶために医学部に入学

    脳神経外科医の安部欣博(あべ・よしひろ)先生は、医師免許のみならず獣医師免許も所持しており、動物の脳神経外科医としても働いています。そのキャリアの原点は、獣医学部時代に知った“ある現実”をどうにかしたいという強い思いでした。

  • 人気記事ランキング