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「予想外の病院」転職して大正解と語る理由とは─石山泰寛氏(川崎幸病院)・後編

2020年9月21日

転職活動を振り返って、「自分が知らないところに多くの求人がある」「LINEでやり取りできて便利だった」と語る石山泰寛先生。後編では、川崎幸病院に入職を決めた理由、実際に働いて感じること、今後の展望について伺いました。(取材日:2020年8月28日)

2020年9月で入職して1年を迎える石山先生(写真:川崎幸病院提供)

「意外なところを紹介された」と感じた

——石山先生が転職するにあたり、実現させたかったことは何ですか。

手術をたくさんしたい、というのが最優先事項でした。具体的には、大腸がんを100例以上やっているところ、腹腔鏡手術がしっかりできるところ、そして、学会に気軽に出席できるところに身を置きたいと考えていました。

それ以外の条件としては、通勤時間が1時間以内、休みは最低でも週1日もらえればいいと考えていました。私の希望条件が少なかったのか、担当のコンサルタントからは、「他に希望条件はありませんか?」と聞かれましたね。コンサルタントからいろいろ質問されて、それに答えながら自分の希望を再認識して、条件を固めていきました。

石山先生が働く川崎幸病院(写真:川崎幸病院提供)

——川崎幸病院に入職を決めた理由を教えてください。

先ほどお答えした、実現させたいことが叶えられそうだと感じたからです。面接を受ける時点で、当院には大腸がんを専門とする先生がいませんでした。それもあって、私のような医師を探しているなら、役に立つことができそうだと感じたんです。

面接前にホームページを見て、知っている先生が何人かいたのも安心できました。あと、これはたまたまなのですが、小学校から高校まで当院の近くに住んでいたんです。なので、縁があるのかもしれないとも思いました。

正直、当院を紹介されたときは予想外といいますか、意外なところを紹介されたと感じました。もちろん名前は知っていたのですが、大きい病院なのでどこか医局が入っていると思っていたんです。今回のような求人があったこともそうですが、自分が知らないところに多くの求人があるんだな、と実感しましたね。

——転職活動を振り返って、感じていることはありますか。

「自分はどうしたいのか?」と自問自答しながら、自分を見つめ直す良い機会になったと思います。履歴書を書きながら、「今まで頑張ってきてよかったな」と思いました。いつか転職するだろうから、そのときに履歴書に書けることが少なかったら恥ずかしい。そうならないためにも、消化器外科医として必要な資格を一通り取っておこう、と早い段階から考えていたんです。卒後3~4年目くらいから、必要な資格を一通り取ったら、留学することを目標に掲げてもいました。これまでお世話になった尊敬する先生方は、皆さん留学経験をお持ちで、「留学はしておいた方が良い」と勧められていたので、留学は絶対にしたかった。なので、転職のタイミングもベストだったと感じています。

医療機関とのやり取り、面接の日程調整など煩雑な対応は、コンサルタントの方が全て代理で対応してくださったので、スムーズに転職活動を進められたと思っています。当時は留学先にいましたし、行ったことのない医療機関、その関係者とやり取りするのは大変ですから。

あとは、メールではなく、LINEでやり取りできたのもよかったです。メールは他のメールに埋もれて見落とす可能性もありますし、探すのにもなかなか骨が折れます。LINEは移動中でも気軽に確認できて、サクッと返信できます。便利だなと思いましたね。

妻からの「楽しそうにしているね」

今後の展望について語る石山先生(写真:川崎幸病院提供)

——転職してもうすぐ1年が経とうとしていますが、いかがですか。

転職して大正解でした。やりたいことを自由にできている毎日です。留学先で学んだTaTME(経肛門的直腸間膜切除術)の執刀、減量手術にも携わることができています。これまでと比べて、学会発表もしやすい環境にあると感じています。当院で働いてみて感じるのは、本人の自主性を尊重してくれる環境だということ。裏を返せば、自分のやりたいことがわからなかったり、受け身だったりすると厳しい環境だと思います。

現在は週5.5日勤務しています。大学病院だといわゆる雑用だったり、アルバイトをしたり、自分がやりたい業務に集中しにくい環境でした。今は得意分野である大腸がんの手術に集中できていて、楽しいですね。今まで以上に責任がある立場にありますが、良い意味でのプレッシャー、そしてやりがいを感じています。

あとは、帰宅する時間が早くなりましたね。何もなければ17~18時には帰ることができます。以前は早くても22時だったので……。妻も、子どももよろこんでくれていますね。私自身も家族と過ごす時間がこれまでより増えて、うれしいです。転職して、妻から「顔つきが変わった」「楽しそうにしているね」とも言われました。

——今後の展望について、お聞かせください。

まずは、手術の精度を高めて、難しい手術をできるようになりたいですね。年齢的にも働き盛りですし、今はまだまだ成長する時期だと考えていますから、いろんなことに挑戦していきたいです。それでいうと、2つやりたいことがあります。

1つは、指導する仕組みを少し変えていきたいと思っています。大学病院は臓器別のチームで、だいたい半年くらいのタームで1つの臓器に向き合うやり方をしていました。現在、下の年次の医師にも教える機会があるのですが、毎日違う手術をするので継続性がないんです。専門性を高めるという視点から、今後のやり方を考えていきたいですね。

2つ目は、研究会を開くこと。現在はコロナ禍ということもあり、オンラインで少しずつ進めていっている状況です。当院や他院の知り合いの先生方とzoomでカンファレンスやディスカッションをしているのですが、それを少しずつ大きくできたらと考えています。病院の垣根を越えて、発表会もできたらいいですね。時代も時代なので、ニーズがあるのではないかと思っています。

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