医療人類学的な物の見方からすれば、人びとの病気への理解や対処の仕方は、国や文化によって千差万別。グローバル化する社会に生きるわたしたちには、医療の多様性を尊重することが求められています。しかしその一方で、わたしたち医療者には、ときに国や文化を越えて、人びとの病気への理解をひとつの方向へ導かなくてはならない場合があります。 【執筆:鈴木基(国境なき医師団/内科医・疫学専門家)】
現地の“当たり前”が感染を断つ障壁に
2014年10月、わたしは国境なき医師団(以下、MSF)の疫学専門家として、エボラ対策支援のためにリベリアのロファ郡に派遣されました。ロファ郡はギニアとの国境近くにあり、同年3月にリベリアで最初のエボラ患者が確認された場所です。アウトブレイクの発生後、MSFはただちに現地医師と協力してエボラ治療センターを立ち上げ、感染者を封じ込めるための活動を開始。しかし、住民たちの協力が得られず、活動は難航するばかりでした。
アウトブレイク発生当初、住民たちはエボラという病気を知りませんでした。そのうえ親族や知人が病気になれば伝統治療師を頼り、寄り添って看病し、亡くなると皆で遺体を清めて埋葬するという、これまで通りの生活を営んでいました。それが感染者を増やす原因であるとは、全く想像もしていなかったでしょう。個人用防護具(PPE)を着た医療スタッフが村にやってくると、森の中に逃げ込み、ときに石を投げつけてくることも。消毒薬をスプレーしてまわる姿を見て、死の原因をまき散らしていると考えていたのです。
こうした状況を打開するために、MSFは文化人類学者を派遣して住民たちの病気への理解を探り、心理療法士、ソーシャルワーカー、地元ボランティアからなるチームを結成。彼らは村々をめぐり、エボラについてわかりやすい言葉で話しかけ、熱があればすぐにエボラ治療センターに電話をすること、誰かが亡くなったときは伝統的な葬式をするのではなく、専門の埋葬チームに委ねることを繰り返し説明していきました。また、エボラから回復した患者が村で差別されないように、住民たちの前で回復者と抱き合って見せることもありました。
防げたかもしれない、少年の死
わたしが現地へ入ったのは、こうした地道な活動が少しずつ実を結び、患者数が減ってきていたころでした。前任者からの引き継ぎが終わり、仕事にも慣れてきたある日、男の子が自宅近くの小屋で亡くなっているとの連絡が。遺体から検体を回収し、PCR検査をした結果、エボラ陽性でした。わたしは現地スタッフと村へ向かい、住民から聞き取り調査を行いました。
亡くなった男の子は10歳で、ジョセフ(仮名)といいました。彼の母親はエボラ治療センターに入院していましたが、幸いにも回復。しかし退院して村に戻った母親は、恐れを抱いた住民たちによって小屋に閉じ込められてしまったのです。取り残されたジョセフは自宅で3歳になる妹の面倒を見ていましたが、まもなく妹は亡くなりました。村人たちに妹の遺体を運ぶよう指示されたジョセフですが、その後の行動は誰にもわかりません。次に見つかったときには、すでに亡くなった後だったのですから。
わたしはスタッフと一緒に、村はずれにある墓地で行われた、ジョセフの埋葬に立ち会いました。たくさんの真新しい墓標が並ぶ中、彼の遺体は母親と数人の親族に見守られながら、PPEを着た埋葬チームの手で静かに埋められました。ジョセフの周りの人たちが、もう少し正しくエボラを理解していれば、彼は犠牲にならずに済んだのかもしれません。エボラ治療センターに戻ったわたしたちはミーティングを開き、住民のエボラへの理解がまだ十分ではないこと、教育活動を続けることの重要性を確認したのでした。
医療文化のボーダーラインとは
西アフリカで発生したエボラアウトブレイクがわたしたちに突き付けたのは、世界のどこかで発生した感染症が、国境を越えて国際社会のリスクになるという現実でした。それは、地球の裏側に暮らす人たちの、わたしたちとは異なる常識や生活が、わたしたちの脅威になりうることでもあります。どこまでが医療文化の多様性として許容され、どこからは許容できないのか。それとも、やはり「正しい医療」はひとつでなくてはならないのか。実際のところ、そこには簡単には答えが導き出せない問題がありそうです。
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