2020年の東京オリンピックで正式種目に採用されたサーフィン。注目の高まりが予想されるこの競技に医学的にアプローチし、「サーフィン専門外来」を立ち上げた稲田邦匡先生に、サーフィン専門外来の立ち上げ秘話について聞きました。
「サーフィン専門外来」開設の経緯
―サーフィン専門外来立ち上げの経緯について教えてください。
サーフィンの国際大会にいくつか帯同をするようになって、慢性障害を持っている選手、怪我をする選手を診る機会が多くなっていったんです。しかし、「何か違和感がある」と相談を受けても、大会会場で検査することはできません。選手が効率よく診察や検査を受けられるようにするために2010年から立ち上げたのが、プロサーファーを対象にした「サーフィン専門外来」です。
―通常の外来と、サーフィン専門外来の違いはどんなところにあるのでしょうか。
実際のところ、診療内容は一般の外来と変わりません。プロサーファーがサーフィン外来を受診したいと言ってくれれば、サーフィンを医学的に研究してきたわたしが外来に当たるというシンプルな形式です。今までにももう70人ほどのプロサーファーに受診してもらっている状況となっています。
サーフィンに関する論文でも発表しているのですが、もともと、サーフィンは怪我があまり多くないスポーツ。ただ、他のスポーツでは全く見ない足部外傷――足の脱臼や骨折は多くあります。腰痛や肩周りの障害も、セルフコンディショニング不足やオーバーユーズによる筋肉の緊張からくるものが多い。こういった身体の痛みがある選手のMRIやレントゲンを撮って検査をしても、ほとんど異常がないんです。その結果をうけて、身体の痛みを改善したり、動きを良くしたりするようなリハビリやストレッチの提案をしています。自分の身体が今、どのような状態にあるのか。それを把握することで選手は安心して競技に取り組むことができますし、わたし自身にサーフィン経験があるからこそできる医療提供だとも自負しています。
―整形外科とサーフィン医科学。それぞれを診ることで、診察にどのような相乗効果が生まれているとお考えですか。
サーフィン医科学研究だけをメインとすると、そもそもの患者さんや症例が少ないため、整形外科医としては不十分になってしまいます。わたしの専門分野である脊椎をサーフィン医学に活かす場合、椎間板ヘルニアの手術後にサーフィンへ復帰するまでどのようなリハビリプログラムを組んでいくか、といったものが挙げられます。自分の専門分野をサーフィン医科学に応用して、そこで得た知見を整形外科の知識として深めていく――。そういった好循環ができているように感じていますね。
わたしがサーフィンをただ楽しんでいる医者では、このような相乗効果は生まれません。サーフィンについて熟知しているという前提条件はもちろんありますが、サーフィン医科学研究という目線から、サーファー特有の怪我や障害を診たり、相談を受けたりしているからこそ、医学として双方に活かすことができていると考えています。整形外科医としてのわたしと、サーフィン医科学研究をしているわたしは、全く別の医者だと思っています。そういう意味では、二面性を持った働き方をしているような感覚がありますね。
全く想像していなかったキャリア
―先生が医師になった当初思い描いていたキャリアと、現在のそれには大きな違いがあるのではないでしょうか。
そうですね。医学生時代からサーフィンに親しんでいましたが、まさかそれを競技スポーツとして捉え、医学的な知識と結びつけて「サーフィン外来」として診察するなんて、全く予想もしていませんでした。房総エリアに移住をして、プロサーファーとのつながりが増えて、彼らの怪我などを診ることはありました。ただ、それを追究していこうと思ったのは、当院がスポーツ医学を扱っていたこと、何より、理事長の多大なる理解があったからこそ。これまでの整形外科医としてのキャリアがライフワークであるサーフィンにリンクしなければ、さまざまな縁やタイミングが重ならなければ――今のようなキャリアは歩めなかったと思います。
―2020年のオリンピックの公式種目になり、サーフィン競技も一段と盛り上がりそうですね。
オリンピックは特殊なイベントで、いろんな規制もあったりするので、やや複雑な気持ちもあります。ただ、競技としてサーフィンが注目されて、メジャーなスポンサーがついて、大会や選手への支援がもっと盛り上がっていくことは、すごく良いことです。いろんなテレビ番組の特集で選手の努力の様子や、サーフィンの面白さが多くの人に伝わったら良いなと個人的には思っています。
―今後の展望についてお聞かせください。
現在は、どちらかというとサーフィンの医科学研究がメインになりつつあり、脊椎外科医としては正直アップデートが止まっている状態です。ただ、自分だからこそできる診療でプロサーファーをサポートできているので、キャリアとしては良い状態だと考えています。
今後は、今まで以上に国内外でサーフィン医科学研究の論文を発表して、学術的により発展させていきたいですね。競技スポーツ人口が多いほど、「この種目は、◯◯病院の◯◯先生だ」というのがあり、診療体制やアスリートのフォローもしっかりしています。様々なスポーツには、日本代表の指定強化選手がいて、国立スポーツ科学センターで診療を受けつつ、ナショナルトレーニングセンターでトレーニングを積むことができるんです。わたしの夢は、そういうところに選手を送り込んで、世界で活躍するプロサーファーを輩出すること。わたしが手を挙げていろいろ整えようとしている最中なのですが、サーフィン外来のおかげでさまざまなネットワークができつつあります。それぞれの得意分野を活かして、役割分担をしながら、サーフィン業界をサポートしていきたいですね。
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